2007年04月18日
拳銃乱用で
昨日は悲しいニュースが続いてしまいましたね。
アメリカでも日本でもこんなに簡単に拳銃を使われると
悲しくなってくるものです。
銃はみなさんが知ってのとおり火薬を使って弾丸にとてつもない力を伝えるものですよね。
これも元はといえば物理の世界から生まれた人殺しの道具です。
エンジニアになるということは一歩間違えば
こんな拳銃よりももっとひどい道具を作ってしまうことになるのです。
原発だって色々な事故の未報告問題で処分を受けていましたが
今では身近な社会のものが簡単に人を殺せる道具になってしまいます。
そんな殺人兵器と隣り合わせの研究をしているのが工学部の人々です。
だから大学では倫理教育を盛んに行っています。
生徒が嫌がろうとお構いなしに年に何回も行います。
その授業を受けいてるときにはあまり重要性を意識しませんが
こうやって悲しい事件が起きると技術者が人殺しの手伝いを
してはいけないと強く思うようになるんですね。
人は今、とても高度な技術を手に入れた一方で
自分たちを殺す道具まで作ってしまった。
だからといって過去のように低俗な生活も望まない。
そうなると我々はそのような道具を使わない
という選択肢しか持たなくなります。
けれどもその選択肢は誰か一人でも裏切り者がいれば
人を殺すことになるのです。
だから今、教育の現場では倫理教育が重要なのですね。
倫理といっても高校でやる科目としての倫理ではありませんよ。
人はどうしてあるべきか、人を殺していけないのはなぜか。
人が社会の中で生活するうえで最低限のルールを教えることです。
今は都市化が進み、近所付き合いも少なくなっています。
それは一向に構わないのですが、困ったことに
人は他の人と付き合うことでルールというものを覚え、
伝えてきたという歴史を持っているのです。
その習慣が崩れると人はルールを知らず、
何がいけないことなのかの判断さえ出来なくなってしまうのです。
こんな簡単なこと、と思うかもしれませんが
倫理の教育というのは教壇に立った教授が教えられるものではありません。
やはり日常生活で学ぶのもなのです。
話がごちゃごちゃになりましたが、
人は今、人殺しをしようとすれば道具が簡単に入手できる
とても高度な社会に生きています。
その中で共存をするというルールを守っていくことが
どれほど重要なのかということを教育現場だけではなくて
生活の中で考えていかなければいけない時期に来ているのでしょう。
今、日本では人殺しが毎日のように起きています。
それも若い人によるものがとても多いです。
同じ若い者として悲しいです。
もう一度命についてみんなで考える時間というものが
どこの場所にも必要なように思えてきました。
アメリカでも日本でもこんなに簡単に拳銃を使われると
悲しくなってくるものです。
銃はみなさんが知ってのとおり火薬を使って弾丸にとてつもない力を伝えるものですよね。
これも元はといえば物理の世界から生まれた人殺しの道具です。
エンジニアになるということは一歩間違えば
こんな拳銃よりももっとひどい道具を作ってしまうことになるのです。
原発だって色々な事故の未報告問題で処分を受けていましたが
今では身近な社会のものが簡単に人を殺せる道具になってしまいます。
そんな殺人兵器と隣り合わせの研究をしているのが工学部の人々です。
だから大学では倫理教育を盛んに行っています。
生徒が嫌がろうとお構いなしに年に何回も行います。
その授業を受けいてるときにはあまり重要性を意識しませんが
こうやって悲しい事件が起きると技術者が人殺しの手伝いを
してはいけないと強く思うようになるんですね。
人は今、とても高度な技術を手に入れた一方で
自分たちを殺す道具まで作ってしまった。
だからといって過去のように低俗な生活も望まない。
そうなると我々はそのような道具を使わない
という選択肢しか持たなくなります。
けれどもその選択肢は誰か一人でも裏切り者がいれば
人を殺すことになるのです。
だから今、教育の現場では倫理教育が重要なのですね。
倫理といっても高校でやる科目としての倫理ではありませんよ。
人はどうしてあるべきか、人を殺していけないのはなぜか。
人が社会の中で生活するうえで最低限のルールを教えることです。
今は都市化が進み、近所付き合いも少なくなっています。
それは一向に構わないのですが、困ったことに
人は他の人と付き合うことでルールというものを覚え、
伝えてきたという歴史を持っているのです。
その習慣が崩れると人はルールを知らず、
何がいけないことなのかの判断さえ出来なくなってしまうのです。
こんな簡単なこと、と思うかもしれませんが
倫理の教育というのは教壇に立った教授が教えられるものではありません。
やはり日常生活で学ぶのもなのです。
話がごちゃごちゃになりましたが、
人は今、人殺しをしようとすれば道具が簡単に入手できる
とても高度な社会に生きています。
その中で共存をするというルールを守っていくことが
どれほど重要なのかということを教育現場だけではなくて
生活の中で考えていかなければいけない時期に来ているのでしょう。
今、日本では人殺しが毎日のように起きています。
それも若い人によるものがとても多いです。
同じ若い者として悲しいです。
もう一度命についてみんなで考える時間というものが
どこの場所にも必要なように思えてきました。
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